三ツ城古墳は3基を比べて歩く史跡
丘陵の先端に築かれた古墳群
三ツ城古墳は、東広島市西条中央で南の八幡山から延びる丘陵の先端を利用して造られた、第1号・第2号・第3号の3基からなる古墳群です。
現在は周囲が公園として整備され、墳丘の形や高さの違いを近い距離で見比べながら、5世紀前半から6世紀前半にかけての地域社会を考えられます。
史跡指定と保存整備
3基は1982年6月3日に史跡へ指定され、1990年度から1993年度にかけて発掘調査の成果を踏まえた保存・復元工事が行われました。
現地で見える埴輪や葺石を、出土時の状態がそのまま露出しているものと決めつけず、調査成果を伝えるための整備表現として受け止めることが大切です。
最初に築造年代をつかむ
第2号古墳が5世紀前半に先行し、第1号古墳が同じく5世紀前半ごろ、第3号古墳が6世紀前半ごろと考えられているため、番号順と築造順は一致しません。
| 古墳 | 形と規模 | 築造時期の見方 | 主な観察点 |
|---|---|---|---|
| 第1号 | 前方後円墳・全長約92m | 5世紀前半ごろ | 3段の墳丘、葺石、埴輪、造出、周溝 |
| 第2号 | 円墳・直径約25m | 第1号より先行する5世紀前半 | 葺石、埴輪がない点、埋葬施設の痕跡 |
| 第3号 | 楕円形・長径約8m | 6世紀前半ごろ | 溝の中という位置、小さな墳丘 |

第1号古墳の92mを立体的に読む
広島県内最大級の前方後円墳
第1号古墳は鍵穴形の前方後円墳で、全長約92m、後円部は直径約62m・高さ約13m、前方部先端は幅約66mとされています。
単に一周するだけでなく、前方部と後円部の幅、高さの変化、両者をつなぐくびれ部を順に見ると、巨大な土の構築物であることが実感できます。
3段の墳丘と葺石
墳丘は3段に築かれ、斜面は葺石で覆われていたため、土盛りの輪郭だけでなく段ごとの水平線と石の面が生む視覚効果にも注目したいところです。
後円部を低い位置から見上げ、次に横へ回って段築を追うと、約13mの高さが平面的な写真以上に伝わります。
造出と周溝が示す儀礼空間
左右のくびれ部には祭壇と考えられる四角い造出があり、墳丘の周囲には深さ約1m前後の周溝、つまり空濠が巡っていました。
造出は墳丘に付属する小さな張り出しではなく、古墳で行われた儀礼を想像する手掛かりとして、くびれ部との位置関係から確認すると理解しやすくなります。

第2号・第3号古墳で時間の幅を知る
第2号古墳は先行する円墳
第2号古墳は直径約25m、高さ約4mの円墳で、斜面には葺石が敷かれていた一方、埴輪は確認されていません。
番号が2でも第1号古墳より先に造られたと考えられており、古墳群を理解するうえでは最初の1基として重要です。
埋葬施設から分かることと分からないこと
頂部には箱形石棺とみられる埋葬施設が1基ありましたが、石棺材が早い時期に失われていたため、発掘調査でも詳細は分からなかったとされています。
現地では空白を想像で埋めず、確認できた構造と未解明の部分を分けて読む姿勢が、史跡を正確に楽しむ助けになります。
第3号古墳は約1世紀後の小古墳
第3号古墳は南側丘陵と第2号古墳を区切る溝の中に造られ、長径約8m、短径約4m、高さ約1mの楕円形です。
6世紀前半ごろという築造時期と小さな規模を第1号・第2号と比べると、同じ場所が長く記憶され、異なる時代に再び墓域として使われた可能性を考える入口になります。

埴輪の配置から権威と儀礼を読む
約1800本余りが墳丘を囲んだ
第1号古墳では円筒埴輪や朝顔形埴輪を中心に、古墳全体で約1,800本余りの埴輪が使われたとされています。
数の大きさだけでなく、3段の各段に列が設けられたことで墳丘の輪郭が強調され、近づく人の動線と視線を整えたと考えると、埴輪列の役割が見えやすくなります。
前方部と後円部で形象埴輪が異なる
前方部には鶏・馬・盾・靱・冑・短甲などの形象埴輪が置かれ、後円部には家形埴輪が置かれていました。
武具や動物、建物という異なる題材がどこに配置されたかを意識すると、埴輪が単なる飾りではなく、儀礼の場面や被葬者の権威を表す構成要素だったことを想像できます。
衣蓋形埴輪も見落とさない
羽根飾りの付いた日傘をモデルにした衣蓋形埴輪も各所に立てられていたため、円筒埴輪と形象埴輪の違いを展示で確かめてから墳丘を見ると理解が深まります。
| 種類 | 確認された主な位置 | 現地で考えたいこと |
|---|---|---|
| 円筒・朝顔形 | 墳丘各段 | 境界と墳丘輪郭の強調 |
| 鶏・馬・武具形 | 前方部 | 儀礼場面や権威の表現 |
| 家形 | 後円部 | 埋葬部との位置関係 |
| 衣蓋形 | 墳丘各所 | 高位者を象徴する造形 |

園内は大きさの違いが伝わる順に歩く
先に全景と案内図を確認する
公園に着いたら案内図で3基の位置と園路を確かめ、丘陵側から第2号・第3号、第1号へ向かうか、巨大な第1号を起点に時代をさかのぼるかを決めます。
限られた時間なら第1号の前方部・くびれ部・後円部を優先し、余裕があれば第2号との規模差、第3号の位置までつなげるとよいでしょう。
同じ墳丘を低所と側面から見る
正面だけで写真を撮って終えず、低い地点から段築を見上げ、側面から前方部と後円部の接続を見て、離れた位置から全体の輪郭を確かめます。
園路外へ踏み込んだり整備物に触れたりせず、表示された動線から観察することが、史跡の保全と安全の両方につながります。
季節と足元に合わせる
屋外の史跡は日差しや雨の影響を受けるため、帽子や飲み物、滑りにくい靴を用意し、荒天時は無理に墳丘周辺を回らない判断が必要です。
草木の状態によって輪郭の見え方も変わるので、形を読み取りにくい箇所は案内板や展示模型で補いましょう。
2つの展示施設を使い分ける
管理棟のパネル展示室
三ツ城近隣公園管理棟のパネル展示室では、古墳の解説パネルや埴輪のレプリカを見られ、原則として土曜・日曜・祝日の10時から16時まで開館し、入館は無料です。
休館日は変更される可能性があるため、訪問日が決まったら施設案内で確認してください。
中央図書館のガイダンスコーナー
古墳の東に隣接する中央図書館のガイダンスコーナーには、説明パネル、映像、築造中の古墳模型に加え、三ツ城古墳から出土した鏡・玉類などの副葬品や埴輪が展示されています。
開館日は中央図書館に準じ、開館時間は10時から18時、入館無料ですが、図書館の休館日と開館時間を事前に確認しましょう。
屋外と展示を往復して理解する
先に模型と埴輪を見てから墳丘へ戻ると、地表からは捉えにくい内部構造や配置が補われ、屋外だけで歩くより観察の焦点が定まります。
| 場所 | 向いている確認 | 利用前の確認 |
|---|---|---|
| 古墳公園 | 墳形、段築、3基の位置関係 | 天候、園路の状態 |
| パネル展示室 | 解説と埴輪レプリカ | 土日祝中心の開館日 |
| ガイダンスコーナー | 模型、映像、出土品 | 中央図書館の開館日 |
アクセスはバス停と見学時間を一緒に考える
西条駅から2通りのバス
JR山陽本線西条駅からは、西条線で約6分の中央図書館前下車後徒歩約8分、またはのんバス青ルート内回りで約8分の三ツ城古墳前下車後徒歩約1分と案内されています。
往路だけでなく復路の時刻も先に確認し、展示施設の開館時間と組み合わせて滞在時間を決めると安心です。
車と新幹線駅からの目安
山陽自動車道西条インターチェンジから車で約15分、JR山陽新幹線東広島駅から車で約15分が目安ですが、交通状況で変わります。
駐車場所や利用条件は現地表示を優先し、周辺道路や住宅地での迷惑駐車は避けてください。
基本情報は直前に再確認する
所在地は東広島市西条中央7丁目24-2で、屋外見学と展示施設では利用条件が異なるため、各施設の案内をそれぞれ確認します。
史跡の解説にある年代や寸法は調査成果に基づく値として読み、訪問当日の開館・交通情報とは分けて扱うのが確実です。
まとめ|三ツ城古墳で古代安芸の時間を歩く
三ツ城古墳は、約92mの第1号古墳の迫力だけでなく、先行する第2号古墳と約1世紀後の第3号古墳を比べることで、古代安芸の首長墓が築かれた時間の幅を読める史跡です。
3段の墳丘、葺石、造出、周溝、約1800本余りの埴輪という要素を位置関係から観察し、パネル展示室や中央図書館の出土品・模型で補えば、復元された公園の景観が具体的な歴史像へ変わります。





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